「十一月の扉」(高楼方子)

事件は起きませんが、素敵な物語です。

「十一月の扉」(高楼方子)新潮文庫

中学2年の爽子が偶然、
双眼鏡の中に見つけた、
不思議な魅力を湛えた洋館。
その家は
十一月荘と名付けられていた。
父親の転勤により
転校が必要となった彼女は、
2学期いっぱいはその十一月荘に
下宿することを決意する…。

最初にことわっておきます。
中学校2年生の女の子が、
親と離れて2ヵ月間
下宿生活をすること以外、
筋書きに大きな起伏は見られません。
爽子がそこで経験する淡い日常が
綴られているだけなのです。
でも、とても心の温まる物語です。

爽子は家主を含め、
3人の大人たち(と一人の幼児)と
生活するのですが、事件は起きません。
関係がぎくしゃくもしません。
瞬く間に爽子は十一月荘での生活に
馴染んでいきます。

出てくる登場人物が素晴らしいのです。
のどかでおおらかな家主の閑さん、
ビジネスウーマン的建築家の苑子さん、
一人娘とともに住んでいる
お母さんの馥子さん、
その娘で快活で明るいるみちゃん。
爽子自身も名前の通り爽やかです。
みな優しい人たちだからです。

爽子は十一月荘で生活する2ヵ月間で、
童話を一つ書き上げるのですが、
出版されて
シンデレラガールになるような
展開にはなりません。
誰に読ませるのでもなく、
2ヵ月間の下宿生活の記念碑として
創作していくのです。

童話は十一月荘を中心とした人たちを
動物に見立てて、ドードー森という
一つの世界を造り上げています。
お小遣いをすべてはたいて
奮発して買った舶来のノートに、
消しゴムを使わず、書き加え、書き直し、
綴られていく物語です。
全十話が本編の間に挿入され、
見事な調和と効果を発揮しています。

爽子は耿介くんという
1つ年上の男の子と出会うのですが、
安易なガール・ミーツ・ボーイには
なりません。
スマホもメールもない時代です。
だからこそ、
素敵な出会いと素敵な別れを
経験できるのです。

今の子どもたちはやたらと
刺激の強いものを
求める傾向にあります。
子どもたちの読むラノベを
数ページ読んだだけで
胸焼けがする思いです。
まるで濃厚な調味料で味付けした
ジャンクフードです。
それに対し、本作品は
無農薬でつくられた
健康な野菜を使用した
シャキシャキのサラダといえます。

刺激を求め、
危険なものに近づきかねない
中学校2年生に、
ぜひ読ませたいイチオシの作品です。

※高楼方子さんは
 童話作家・絵本作家であり、
 文庫本はこの1作品しか
 出版されていません。
 単行本で出版されている数冊が、
 早く文庫化することを願います。

(2018.11.13)

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